一粒に、無限の宇宙を見る

つい先日のこと。
風邪が悪化してしまい、声が出にくくなってしまったので急遽出先から帰宅する途中で、以前アルバイトをさせてもらっていたドレス会社のアトリエのマネージャーさんと偶然再会した。熱っぽくぼんやりしていたので、支離滅裂な会話をしたように思うけれど、偶然出会う時というのは、そんなものかもしれない(笑)
ああしなくては、こうしなくては、、、というような思考に余計なコントロールのないとき、物事は思わぬ方向から素敵なことが突然やってくる。昔からよくミラクルが起こる人生なのだけれど、何かに夢中で生きていると素敵なことも惹き付けられてくるのだろうなと思う。

制作中のオーナメントは少しずつ増えてきて、デスクの上が楽しいことになっている。
たまにスキャパレッリの本のページを開く。囚われから自由になりたいときに。

どんなに小さい作品の中にも、無限の宇宙があるのかもしれない。
作品に何かを感じるのは作り手ではなく、見る側の共鳴によるもの。見る人がこの小さな作品の宇宙と繋がったときに、急に世界が広がって、そこに物語が生まれる。
そういう共鳴の喜びを知っているから、作品を作り続けているのだろうと思う。

オーナメントの紐に使った繊細なレースは、佐渡に移住した知人から引っ越し前に譲ってもらったもの。スイスで手に入れたアンティークレースだから作品に活かして欲しいということだった。何かぴったりくる作品を作る時に使おうと思って、ずっと取っておいたものだ。刺繍の雰囲気ともぴったりだし、今年のクリスマスは何だか特別な感じがするから、大切に仕上げていこうと思う。

 

小さな作品

12月に小さめの作品を少し展示販売することになりました。
クリスマスギフトの手仕事。

腱鞘炎の手を休めるために、長い期間作品発表の場を持たずにいましたが、ようやく少しずつ作れるようになってきたので、小さな作品からお届けしていきます。
ギフトになるものを、と思いながら制作を始めましたが、「作れること」自体が私にとってはギフトでもあり、作る喜びをしみじみ感じて、じんわりあたたかな気持になります。
当たり前のことが、当たり前でなくなったときにその大切さが身にしみてわかります。
月並みではありますが、作る喜びに愛溢れる作品なので、今から楽しみにしていて下さい。
詳しい日程はわかりしだいアップします。

さて。
作品展のとき毎回、何か新しい技術を取り入れていくということを心において仕事してきたのですが、今回も新しいステッチを一つ取り入れました。
今までは糸で空間を埋めるように刺していたのですが、空間をあけることで糸の線に風をいれるような心地よいステッチです。
人生に対して真面目なほど、一つ一つの物事に対してもとことん完璧を目指そうとします。私はそういうところがあって、突き詰めるほどがちがちになっていたように思います。どんどん武装を固めてしまうような、良い加減を通り越してしまう時があるのです。

手を痛めたことで、自分にとってベストな生き方を知りました。
それは「良い加減をキープすること」です。
心と身体の声を聞きながら、それ以上は目指さないということ。
自分の限界を知ることは、誰にとっても悔しくて辛いことですが、それは限界というよりも、もうすでに自分のベストに充分到達していたのだと受け入れることが大切。
それを深め、愛することのほうが今は大事な気がしています。
自分を知るということは、きっとそういうことなのだと思います。

手の中に残った言葉

ここ数日、ずっと手紙の返事を書いている。
そして書いては捨てている。

それはなぜか。
メールではなく、手紙をくれた友人へ向けて、
本当に伝えたいことだけ言葉にして
短くても心が伝わるようにと書き出すのだけれど、
何故か全ての言葉が自分へ向けて言われているように感じてくるのだ。
自分が自分へ向けて書いているような、奇妙な気持になって、捨ててしまう。
根本的な問いの答えは、同じところにあるのかもしれない。

何度も書いて、手元に残った言葉を
短いけれど心を込めた返事にして、近々送ろうと思う。

奇妙な味付けの日

お昼にパッタイ用の米麺で温かいスープ麺を作ってみた。
久しぶりのタイの米麺料理は、薄味にしすぎていまひとつ。ぼんやりした味になってしまった。昔NYで食べた楽しく美味しい味の記憶にはほど遠い。

夜ご飯のあと、癒しのハーブティーをと思い煎れてみたけれど、これまた変なブレンドの味。お世辞にも美味しいとは言えない味になってしまった。

まあ、こういう日もある。

それでも、夕方に観た映画はとてもよかった。
ここ2週間くらいの間ずっと気になっていたジム・ジャームッシュの「パターソン」をようやく観てきた。何度か予定に入れていたのに、なぜか足が進まず伸ばし伸ばしになっていた。でもやっぱり観ておきたくて、ようやく。

いつまでも、こういう映画を愛おしいと思える自分でいたいと、静かに思う。

草編み

重陽の節句の9日に、草編みのワークショップを受けました。
編み紐の作り手の中村未来子さんは、ラトビアでのハーバルツアーがきっかけで草を紐に編み込んで作品を作る事を始めたそうです。
三つ編みをアレンジして草を編み込んでいく方法は、とても簡単だけれど面白い。
星ヶ丘の原っぱに咲いている雑草から、素敵な作品が生まれていきました。
編むという作業は単純で根気のいる作業。あまり得意ではなかったけれど、やり始めると面白くなってしまい、次はこんなんを作ろうかな?とあっという間に何個か出来てしまいました。

創造する作業は本当にワクワクする。作ることが本当に好きなんだなあと実感。
外で自然を感じながら、自然を素材として作る草編み。
純粋にその時間を楽しめるのは、とても幸せ。何かのためでもなく、誰かのためでもない。
ただただ草を編み、おしゃべりをして。良い時間でした。

中村 未来子 編み紐作品展 with plants
2017.9.6-17 SEWING TABLE COFFEE

オーダーバッグについてのお知らせ。

ただいま手の治療をしながらの作品制作のため、鞄のオーダーメイドはお休みしています。
少しずつ作品を作りためておりますので、来年の作品展の際に、オーダのご相談はできたらいいなと思っています。(過去の作品はオンラインショップより購入いただけます)
その他、何かご相談がございましたら、お気軽に一度メールにてお問い合わせ下さい。

尚、携帯電話のメールアドレスからご連絡をいただくお客様は、パソコンからの返信が届かないことがございますので、設定をよろしくお願い致します。

 

芽が教えてくれたこと。

先月の終わりに植えた小さな種が、最近芽を出して双葉になっていた。
その種は、私の部屋に弾けて飛んできたものだけど、何の種なのかはわからない。
小さくて少しだけハートのような形をしていたので、何の植物の種か知りたくて、植木鉢に植えてみたのだった。しばらく何の変化もなかったので、もう諦めかけていたのだけれど。
小さく乾いていても、ちゃんと生きていたのだなあと思うと愛おしい。

最近いろんなことが世界でも、身の回りでも起きている。天体の配置を調べてみると、とても強い変化のエネルギーに満ちているみたい。体の調子が悪かったり、気持がゆらいだりしやすいそう。
人間は宇宙の中で生きている。それを現代の人は忘れてしまっている。だから波に逆らうように進んでみたり、社会や情報に振り回されて右往左往してしまう。
地球に生きる私たちは宇宙にある星と共に、色んなエネルギーと影響し合い、共有しながら生きている。
それを知ると今が休む時なのか、動き続ける時なのか、そして何を選ぶべきなのかがすぐにわかるようになる。
人生が根本から変わるとき、古いものは一掃される。土台が更地になるように、、、。
そして、新しいものが生まれる時がくれば、静かに芽が出始める。そこから先は、きっととても早いスピードで物事が進みぐんぐん成長していくだろう。
小さな芽をみながら、そんなことを思っていた。

 

自分のなかに流れる音楽

9月に入って、急に風が透き通って、秋のいい匂いを含みはじめた。
今年はその変化が急激にやってきている。

今日は個性を大事にするということの、本当の意味に触れる出来事があった。
最近自分が接する人たちが少し変化していて、早口で沢山しゃべり、沢山笑う人が増えていた。そして、私はというと、それを微笑みながら静かに聞いていて、たまに相づちを打つという感じ。早口で話すのは苦手なので、その話の早さに付いていけないのが正直なところだった。そのことにだいぶ気後れしていた。
そしてふと気が付いた。自分のゆったりしたリズムを卑下する必要もなく、良い悪いとジャッジする必要など全くないのだと。個性とは、その人の生きる時間そのものだ。人と違うからといって、それをどうして、いつから悪いことだと判断するようになったのだろう?

個性を大事にするということは、自分の持つリズムや生き方を大事に尊重すること。
他のものと合わないとき、無理に合わせる必要もなければ、自分をゆがめる必要もない。
私は時々、個性的であることをゆがめて、世間一般に合わせなくちゃと思う時がある。それはその他大勢というものが力を持っているような気がするときなのだと思う。個性が強いということは、時にその他大勢以外で「ぽつん」と一人を経験することがある。それは仕方のないことなのだろう。人と違うことはユニークであるということ。
個性にブレーキをかける必要など一つもないのだ。大事にすべきは、自分の中に流れるリズムや音楽。そこに呼応するものを心地よく感じ、そうでないものは少し違和感を感じるだけのこと。改めて自分のリズムを大切に感じ、個性を愛おしいものだと知ることができた。
それはナルシズムではなく、自分の価値を認めるという根本的な事なのだと思う。
私の周りの早口で沢山話し、よく笑う愉快な人たちは、それを身をもって教えてくれた。

初秋の朝のお茶と小さな風の神様

小さな「風の神様」が私のもとにやってきた。
大阪星ヶ丘のSEWING TABLE COFFEEの分室So Leiで開催中の二人展「Koe」で手に入れた小さな可愛い神様。
あめつちヨガ」のyumiyanと大豆蝋燭を作るrinnさんの二人展の空間には、一呼吸、一呼吸を大切にするような丁寧な時間が流れていた。アーユルヴェーダの精神で生きるyumiyanの言葉と一緒に、蝋燭で作られた地、水、風、火、空の神様がちょこんちょこんと並んでいた。
一番小さくチャーミングな神様に心惹かれて、説明を見ると「風の神様」だった。

風と共に生き、風の言葉を紡ぐことを続けてきた私の神様かも、、と思わず手に入れてしまった。そしてyumiyanのブレンドした「初秋の朝のお茶」も購入して、新しい季節の始まりを豊かに過ごす楽しみができた。次のお休みはこのお茶で朝を過ごそう。
そして、小さな「風の神様」と会話をしながら、これからの手仕事に新しい風を吹かせたいと思った。時期は未定ですが、久しぶりに作品展します。乞うご期待。。。

時間を深めて

今日は午前中に、ジャーマンカモミールのティンクチャーを仕込む
小さい頃から肌がとても弱くて苦労してきたけど、30代、40代と年齢を重ねてさらに繊細になってしまった。基礎化粧品も市販されているものがなかなか合わず、すぐに赤くなって、ひりひりしてしまうので、ついに自分で作ることに、、、。植物の力は思っているよりも強いものだ。天然成分だからと何でも肌に優しい訳ではないので、まずは皮膚の整肌作用と消炎作用のあるジャーマンカモミールのティンクチャーを作ってみることにした。2週間毎日様子をみながら、じっくりと植物の力を抽出する。
前より少しだけ、自分に優しくして生きることを実行中。

午後からは、神戸で開催されているアーティストの高田竹弥さんの作品展に。
竹弥さんは人柄や生き方が本当に素敵な方で、作品もその人そのもの。
塗り重ねられた色の中に、生きてきた時間、深まる思考がどうしようもなく存在していて、心が動かされる。久しぶりに会えたので、作品についての話を大切に聞かせてもらった。真摯に向き合って生きている人の目は、とても強く、大切な何かをきっと見つけたのだろうと思う佇まいはとても素敵で印象的だった。同じ手法で長く制作を続けてこられたからこそ見える風景があるのだろうなと思う。一つをとことん深めて大事に続けることでしか、見えない風景を、私も見たいと強く思えた。

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