Talking to the moon

このところずっと頭の中に流れている曲がある。CMでも使われているBruno Mars「Talking To The Moon」

古今東西いつの時代も変わらず、人は月に胸の内を打ち明けたり、その向こう側にいる相手を想い、愛を歌うものなのだろうか。太古からずっと変わらずに。無常の世界の中で、変わらないものもあると思うとじんわり嬉しくなる。

月は初期の地球に巨大な隕石が衝突し、その飛び散った小さな欠片が集まって出来上がったと言われる説が有力らしい。だから私たちは月を身近に感じ、自分の分身にして、心を開いて愛まで打ち明けてしまうのだろうか。月を刺繍していると、まるで水や海のない地球のようだと思った。

刺繍の大作は今のところ作れそうにないので、まん丸の月だけにしてあとはコラージュ。ふと満月の中に淡く甘い思い出が蘇ってしまい、心もとなくなってしまう。
午後四時を少しまわったところ。まだ愛を打ち明けるには明るすぎる。

スズランと白山吹

つい先日がスズランの日だったことを思い出し、庭のスズランを少しだけ分けてもらう。小さい花だけれど、気品があって可憐な香りがほんのりと漂っている。それだけで幸運がやってくるような気持になってしまう。

剪定され切り落とされた白山吹の枝もまだ元気だったので、書斎兼アトリエへ。
白山吹は私の名前と少し関連のある花。思い入れがあるので処分前の危ないところを救出したような気持になって、大事に窓際へ。初夏のような太陽の光に若葉が透けてとても美しい時間を作り出す。こういう静かでしみじみする幸福を作品にしよう、と少し希望が見えたような気がして元気になる。

”光のあるものを作り続ける事”
私は師匠が亡くなった時に決めたのだった。悲しみや絶望から作品が生まれることも沢山あるけれど、それは私の仕事ではない。「僕らが作り続けなくてはいけないのは、光です」と師匠は言い残してくれた。私もそれには賛成だった。だからこそ、自分自身がどう生きているのかということが非常に重要なこととなった。寂しいことや、悲しいこと、大変なことがあるのは誰もが当たり前のことで、それを人生の根っこの養分に変えて、「優しい喜び」を感じられるものを生み出していかなくてはと思う。優しい喜び、というのは人によって様々なのだろうけど、穏やかで安心感のある幸福に包まれている時間が今の私にはしっくりとくる。ほうっと息をついて、力を抜いてるくらいがちょうどいいのかもしれない。

世間はゴールデンウィーク。海外旅行や行楽で浮き立つ雰囲気をテレビで横目に眺めながら、「体を休める」ということをする休暇として大切に過ごしている。これは「体の声にしっかり耳を傾け、それに従って生活する」ということを実行するため。本来自分の身体が壊れたら生きていけないのだから、当たり前と言えば当たり前のことなのに、それが全然実行できていなかったのだからおかしな事だと思う。少しなら、と無理を重ねて、身体の声を無視し続けてきたと思う。病気や怪我など、突発的に起こることはとても大変で、心も身体も回復するのに長い時間がかかるけれど、それが悪いこととは限らないのかもしれない。起こる事全てには意味があるとよく言うけれど、自分自身がそこから何を学べるかで、一つ一つが大切なことになってくるのだと、小さな白いスズランを見ながら「うん」と頷いてみる。

 

FIRE YOUR IMAGINATION

コラージュ作品制作のために素材を探そうと、古い洋書雑誌をぺらぺらめくっていたら、飛び込んできた言葉が『FIRE YOUR IMAGINATION』。
コラージュをしていると、自分のイメージが全てなのだと痛感します。そして自分の生きる世界も同じなのだと、今ははっきりわかるようになりました。

体を少し休めるために、しばし自宅療養というのをしているのですが、これが意外と難しい。元来じっとしていられない性格なのです。体が動けないほど憔悴していたときはともかく、少し回復してきた時が要注意なのだと、自分を戒めながらの療養です。体を使わなくてもすむような、回復を促す楽しい作業はないかと思い、コラージュの作品を作り始めました。しかしながら、弾むような気持ではないため、イメージはあまり広がらず、何か心弾むものをと探していた時に、そのフレーズが目に飛び込んできたのです。タイルか何かの会社広告のフレーズでしたが、心の中を覗き見されたのではないかと、ドキッとしました。

ーあなたの想像力に火をつけて

白いフレームの階段を駆け上がると、どこまでも広がる宇宙に出る。大切な友人に送ってもらった星の砂を空に少しだけ放ってみる。今と未来、そして過去を繫ぐような世界。気球でどこまで行くのだろうか。宇宙の果て、を目指しているのだろうか。窓の向こう側には星野道夫さんのアラスカの風景も見える。モノクロームみたいな静かな風景の奥に力強い生命が息づく世界。しかし何か物足りない。私のいる世界はもう少しだけカラフルだ。窓辺で花束がこちらに近づいてくる。何のお祝いだっただろう。そう思う間にも、花束の花はどんどん大きく広がって、あたたかな光が射すころに、淡いピンクやレモンイエローのやわらかな花びらが、あちらこちらで次々と花開き、風にゆらゆら揺れている。風が春を連れてきたのだ。

やさしい内ポケット

その内ポケットは、持て余した気持をそっと入れる場所。
誰かの一言が気になって困ったり、自分でやってしまった事がやるせなくなったり、他人にはどうでも良いような事でも、本人にとっては心がざわめいて仕方がないことがあります。そんなとき、どこかにそれを入れて、良い悪いとジャッジせずに、そっと漂わせてみる事が必要になります。心の中に空間があればいいのですが、その場所が作れないことが時にはあるものです。私は仕方なく、自分の鞄の内ポケットにそれを入れる事にしました。すると、薄っぺらなはずの内ポケットは、私の持て余していたものをストンと宇宙に放ってしまいました。おそらく溜め込むことが好きではない内ポケットだったのでしょう。やり場のなかった気持が、大らかな宇宙に漂い、居場所を見つけたようでした。そのおかげで私の心は少し軽くなり、さらに空間まで出来たようでした。

大地を整えるサイクル

植物を育てたり、大地や風を近しく感じながら生活をしていると、自然のサイクルの中には破壊と再生のサイクルがあることを痛感します。全ては一つに留まることはなく、大きく循環しています。大地が荒れたり、栄養がなくなってきてしまうと、そこでは植物はもう生きていく事が出来なくなります。荒れた土地をもう一度耕して、肥沃にするために手をかけていくことが必要なのです。

この一年ほど、自分の体や大事な人の体をもっと大切にしたいと思うことが沢山ありました。そんな時間の中で、「大地を整えるような時間」が自分の人生に訪れたのだと思うようになりました。今まで見ないフリをして必死で走り抜けてしまったゆえに荒れてしまったものを、もう一度大事に耕していくような時間。がむしゃらで無心に、必死で生きてきたからこそ、そうなってしまったのでしょうから、大切な人を抱きしめるのと同じように、自らの人生の大地を大きく抱きしめて、じっくりと耕していくつもりです。

どんな仕事をしていても、自分自身が整っていれば、周りの場もとても気持の良いものになります。家族との時間も同じだと思います。そこに気が付くために、少し体を思いやり、休息をとるタイミングが来ていたのだと思います。そして、気が付けてよかったとも思うのです。

キルシュの物語

愛する事しかできない鳥、キルシュの物語。それは数年前に私が書いた物語ですが、今改めて何度も何度も言葉を読み返しています。人と違うことを大事にして生きることは、とても勇気がいります。作品を作り続けていくことが、そんなに大事なことなのだろうか?と思うこともあります。何も成さなくても、充分に生きているのですから。それでも、突き動かされるように作りたいと思える事は本当に不思議な事で、それこそが続ける原動力となる「静かな情熱」なのだと思います。もう一度、昔の人たちの手仕事のように、ただただ身近な人のためにより良いものをと手を動かし出来上がる愛のある仕事に返ろうと思います。キルシュの物語は、それを思い出させてくれます。読む人によって、受け取り方は様々だと思いますが、言葉が多くの人に届けばいいなと思っています。まずはもう一度、自分自身に言葉を染み込ませ生きていようと思います。

キルシュの物語のカードは、オンラインショップで手に入れる事ができます。

「太陽の踊り」

大らかに微笑む太陽の手刺繍。布一面に光が広がっているような手刺繍のタペストリー作品をオンラインショップにアップしました。

飾るお部屋はもちろんのことですが、家中に暖かさが満ちてくるような作品になっています。暮らしを見つめる温かな光となりますように。

“When we open the book,she apears.”

“When we open the book,she apears.” -その本を開くとき、彼女は現れる

7月に開催されるグループ展の作品が完成したので、郵送準備。

「ジョセフ・コーネルへのオマージュ展」という国際公募展です。コーネルファンのライブラリーカフェCORENOZと詩人の小野原さん主宰「百窓文庫」が企画したコラージュボックスのグループ展。とても素敵な作品が並ぶかと思うので、今から楽しみです。近くなったらまたお知らせします。

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